村松 哲文先生
東京都生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。早稲田大学会津八一記念博物館を経て、駒澤大学仏教学部へ。その他、日経カルチャー、早稲田大学エクステンションセンターの講師等を務める。専攻は仏教美術史。主な著書に『かわいい、キレイ、かっこいい たのしい仏像のみかた』(日本文芸社)等。
細江 達之介さん
仏教学部仏教学科4年。村松ゼミ・ゼミ長。
文字だけで無く図像を感性で読み取る仏教美術の魅力に惹かれて村松ゼミを専攻。
西尾 美音さん
仏教学部仏教学科4年。村松ゼミ・副ゼミ長。高校時代から仏像や仏教美術に興味を持ち、オープンキャンパスを受け、深く勉強したいと思い仏教学部に進学
細見 秀峻さん
仏教学部仏教学科4年。村松ゼミ・副ゼミ長。これまで最も感銘を受けた仏教美術は、室町時代に描かれた国宝の水墨画『瓢鮎図』
仏教美術で学ぶ
森羅万象への読解力
村松先生、ゼミ生の皆さん、今日はゼミについて色々教えていただければと思います! 早速ですが、先生のご専門を教えてください。
宜しくお願いします! 私の専門はもともと中国の仏教美術史でしたが、最近は禅美術を中心に研究しています。ただ、ゼミでは日本の仏教美術史全体を扱っています。
ゼミはどういった内容なんですか?
文献読解と作品観察の両面から調べて、仏像や仏画の制作された背景や思想的な根拠等を考察しています。
知らない人には難しそうですね……。
そんなことないですよ! 例えば今日の文献読解の資料は『一休骸骨』という珍書。みんなが知ってる「とんちの一休さん」が実は骸骨を描くのが好きで、その骸骨の絵だけを集めた本なんです。
あの一休さんが? 意外です。
そうですよね。しかも中を見ると骸骨が踊っていたり、抱き合っていたりする。
それは面白い! その意味はなんなんですか?
この本から伝わってくるのは、「見た目には惑わされるな」ということ。「人間は誰もが最終的に骨になるんだよ」という諸行無常の悟りを骸骨を描くことによって表現しているんです。
なるほど、深いですね。
面白いですよ。仏像や仏画もただ「美しい」ではなく、色々なことが読み取れます。
では、例えば……奈良の大仏は?
奈良の大仏は天平時代の752年に作られました。それを命じた聖武天皇は、まず本尊を釈迦像とした国分寺を全国に作らせた。その後に大仏が作られたのですが、台座があってその周りに釈迦像が一体ずつ描かれた蓮弁があるんです。
蓮弁は、確か仏の台座に使われる蓮の花弁ですよね?
その通り。数多の釈迦像の上に大仏があるということは、つまり聖武天皇は、地方の国分寺が「支社」であり、その上に大仏という「本社の社長」が鎮座している中央集権国家を作りたかった、ということ。これははっきりと書かれていないのですが、状況証拠から読み取れます。
ミステリー的な要素もあって興味深いですね。
そういった表面には見えない、真実を追求する方法が身につくんです。
本当に面白いですよ! 僕は大学に入ってから美術館や博物館が面白いと思って村松ゼミに入りましたが、感性が養われて、知れば知るほどのめりこみます。
“推し仏像”の実物を観て感性が鍛えられる!
私はもともと奈良県の法隆寺にある百済観音像が大好きで、オープンキャンパスで受けた村松先生の模擬授業が面白くて、このゼミに入りました。
“推し仏像”があったんですね! ゼミ生の皆さんは、もともと仏教美術好きなんですか?
そんなことはなくて、全然興味なかったのに村松ゼミに入ってから開眼した人もいます。僕は、文献だけじゃなく校外に出て実物を鑑賞することに力を入れている部分に惹かれて入りました。
先生が最初におっしゃられた作品観察ですね。
それが大事なんです。もちろん写真や図版はとても大事な資料なんですが、細部が観られない。実物を観察するとは細かい造形や質感、色、雰囲気が観られて、“本物”から伝わる、すごさが体感できて、多くの情報が得られます。
他の様々な表現や現象と同じなんですね!
まさにその通り! たとえば音楽のライブや舞台等のエンターテインメントでも同じですよね。現場で観ることで本物を識る力が養われる。なので、ゼミでは仏教美術に関する展覧会やお寺に極力足を運んでいます。
実物を見た時のオーラもすごいですよね。圧倒される。
確かに。私も最初、先生に「一つの展示物をできるだけ長い時間鑑賞した方がいい」と言われました。
長く観るとまた印象が変わってくるんですか?
それまで10秒くらいしか観てなかったんですが、じっくり観ることで色々なことが分かるようになりました。今は時間を忘れるくらい観ています(笑)
「多角的な視点で人生を考えるようになりました」
仏教美術を鑑賞するのも面白いですが、私は裁判の傍聴も印象深かったです。
裁判所にも行くんですか!? 仏教美術とどう関係が?
それについては4時間くらい語りたい(笑)。
その心は……?
仏像とは何の関係もないんですが、物事の核心を探る一環で毎年裁判を傍聴しています。例えば、老人が老人を介護する“老老介護”問題。新聞では「80代の夫が妻を殺めた」という事実しか分からないですよね。
確かに事実関係しか分からない場合が多いですよね。
実際裁判を傍聴すると、妻が大病に苦しんで夫に「殺してくれ」って頼んでいたという、やむを得ない悲しい事情が分かる。裁判は、当事者の感覚になって、表面上だけじゃなく「真実を知る気持ち」を養うのにとてもいいチャンスなんです。
なるほど。そういった多彩な活動をしている村松ゼミで学んで、どういったものが得られましたか?
大げさに言えば「生き方」です。これまで長い歴史を紡いできたすごい仏教美術の背景や思想を知ることで、人生で壁にぶつかった時に「こういう考え方もある」という多角的な視点で考えられるようになりました。たとえば難しく考えていたことを「気楽に考えてもいいんだ」という気付きを得たり。
人生の指標の一つになる、と。
仏像の歴史に比べたら我々人間の人生は一瞬だけ。そこを「どう豊かに楽しく生きるか」という命題を考えるようになりますよ。そういった部分に惹かれて多彩な聴講生の方もこられています。
誰もが知る大企業の経営者や医師の方もこられていて、その理由を聞いたら、皆さん、仕事をやり遂げた後の「生きる意味」を求めて聴講されています。
仏教美術は世代も立場も関係なく、学べることが多いのですね!
長く紡がれてきた深い歴史がありますから。
ゼミ生の方も聴講生の方も真剣に生きようとしている人が多いんですね。
そうだと思います。でもあまり難しく考えず、シンプルに人より好奇心が旺盛だったり、新しい発見を探している人が村松ゼミに向いていると思います。和気あいあいとしながら、楽しく学べますよ!
取材時期:2018年10月