須山 聡先生
富山県生まれ。筑波大学 第二学群 比較文化学類 卒業。同大学院 博士課程 地球科学研究科 地理学・水文学専攻単位取得退学。筑波大学 博士(理学)。
研究テーマは離島の地域生態と景観のリテラシー。主な著書に「奄美大島の地域性ー大学生が見た島/シマの素顔ー」(海青社)、「離島研究Ⅰ~Ⅵ」(共編,海青社)、「図説 日本の島」(共編,朝倉書店)など。
西村 竜太郎さん
文学部地理学科3年。宮城県出身。1年生時に受けたさまざまな授業の中で、須山先生の授業の楽しさを感じ須山ゼミを専攻。
千川 珠鞠さん
文学部地理学科3年。石川県出身。「先生も学生もとっつきやすくて、関係性がいい意味でフラットなので、ひとつのことを研究するのに最適な環境です」
奄美大島の集落にとけこんで
地域調査
本日はゼミの活動についていろいろ伺えればと思います。
よろしくお願いします。
まず最初にゼミのテーマを教えてください。
私は日本の島を専門に研究しているのですが、ゼミでは鹿児島県の奄美大島の地域性を研究しています。現地に行って地域の観察法や調査法を学び、地域分析のさまざまな手法を習得する。特に景観・土地利用、人口移動、集落・地域社会の構造を分析対象としています。
先生が日焼けされているのは、島に行っているからなんですね。年に何回くらい行かれるのですか?
私個人15回くらいで、ゼミ生は2回です。
1週間ぶりに会った先生が日焼けしてたら「あ、奄美行ったな」って(笑)
分かりやすい(笑)実際に島に行ってどういった研究をするのですか?
2年生は「地域調査入門」。奄美大島の宇検村というところで旧暦の8月15日に『豊年祭』というシマ(集落)の祭りがあるのですが、それに参加します。準備から後片付けまで3日間、全部学生が手伝って。
準備や片付けまでするんですか?
人口が50人もいないシマもあって、若い人手がなく、段取りから片付けまで自分で体験します。この方法を参与観察といいます。また、万が一お祭りが途絶えたとき、いつでも復活できるように、という狙いもあります。
西村さん、参加して一番印象に残っていることはなんですか?
男子はまわしをつけて集落の神様に奉納する相撲を取るんですが、初めての体験でおもしろかったです。
相撲!? それは珍しい体験ですね。
相撲はシマの祖霊(それい)をお迎えする神事の一環です。集落の中を力士が神様とともに行列をつくって歩きます。その後青壮年が集落の土俵で相撲を取ります。みんな強くてうちの学生では、まったく歯が立ちません(笑)女子はシマの女性と共に、工夫を凝らした余興を披露します。
最後に伝統的な「八月踊り」と締めの「六調(ろくちょう)」という踊りに参加しました。かなり難しいんですが、見よう見まねで踊りました。あと会計のお手伝いもしました。
パソコンができる人がほとんどいないようなシマなので、集まったご祝儀の会計をしたり、完全に集落の一員として手伝うんです。
リアルな島の現状が知れますね。毎年参加しているんですか?
去年で3年目です。最初は学問的な調査をしていたのですが、それだけでは地元の人に還元できない、と思って始めました。限界集落とかよく言いますが、実際現地に行ったら全然そんなことはない。みなさんとても元気です。コンビニとかなくて不便ですけど、地域の問題点の改善を少しでもお手伝いできれば、という思いです。
なるほど。お二人は実際に現地にいってどう感じましたか?
美しい海が近かったり「その場所だけのよさ」が分かったり、本だけでは分からない地域社会の現状を肌で感じられたのが良かったです。
私は、不便で人は少ないけれども、それぞれ役割があって支え合うことが大事なのはどこも同じだなと思いました。
ゼミ生の様々な提案で現地の
問題が改善!
3年生は何をするのでしょうか?
「地域文化調査法」という授業で、地域の特徴や性格を理解する方法を学びます。この授業は本来フィールドワークの実習なのですが、私のゼミでは「集落点検」を実施して、集落に住み続けることができるようなさまざまな改善策を提案します。
集落点検とはどのようなものですか?
まず現地を訪れ、公民館に集落の人に集まってもらって、お話を聞きながら集落の地図を書き、情報共有をします。そこで集落の特徴や問題点を見つけ出します。人が少ない集落の一番の問題は何だと思います?
・・・・・・空き家とか耕作放棄地が増えることでしょうか?
そう、それも大きな問題の一つです。そうなると雑草が伸び放題になって、奄美なので危険なハブが増える。そこで学生が提案したのが、奄美では食用として飼われているヤギに草を食べさせる除草。早速採用されたようです。
それはおもしろい!
イノシシも集落に出てきて農作物を食い荒らします。イノシシが嫌いな唐辛子を畑の周りに植えたらイノシシの食害が減りました。僕らは行政のように予算をつけて橋をつくろう、とかではなく、すべて「住民目線」なんです。
机の上だけでなく現地に行ってるからこその改善策ですね。お二人も提案されましたか?
住民の方に話を聞いたら「殺風景で寂しい」という意見が多かったんです。そこで奄美に伝わる『ケンムン』という妖怪の絵を防波堤に描いて景観をよくする提案をしているところです。
それはどういう妖怪なのですか?
『ケンムン』は、人間が暮らしていけない危険な外界に出ないようにわざと人を迷わせる妖怪です。防波堤に描くことで「海に勝手に出たらいけない」というメッセージも込められると考えました。
縁もあって理にもかなっているんですね。千川さんは?
私は、イッペーという花を植えようと発案しています。それは3月頃にすごくきれいな黄色に咲く花で、ブラジルの国花なのですが、昔奄美からブラジルに行った移民が持ち帰りました。イッペーはシマとブラジルをつなぐ花で、シマの歴史も示せると思って。
地域のことを肌感覚で分かっているからこその提案ですね。
また、耕作放棄地にキャッサバというイモを植えようと提案している学生もいます。これもブラジル移民が持ち帰って、戦後の食糧難を救いました。さらにキャッサバのデンプンからはタピオカがつくれます。
タピオカのドリンクはいま都会でブームになっていますね!
栽培が軌道に乗れば日本唯一の産地になり、島の名物になる可能性がある。私たちは単に海がきれいだとか自然がいっぱいといった、都会の一方的な見方を押しつけません。長期間のフィールドワークによって、地域に根ざした提案が実践できるんです。
プレゼン能力に文章力・・・自然と
力が身につく
そういった提案はプレゼン書とか書いてやるのでしょうか?
いや、住民と対話しながら提案します。最終的には150ページくらいの報告書を作成しますが、全部学生が自力でやります。シマの人たちと一緒にやりたいという思いが一番強いので。
でも、そのおかげで人前に立って話すプレゼン力が自然とつきました!
確かに。全然知らない地域のおじいちゃん、おばあちゃんとか、生活環境や行動が違う人と話すことで、いい意味で図太さがついた気がします。
ずっと現地でフィールドワークを続けていると、話の聞き方とか態度とかが変わってきて、人の懐に入るのが上手くなるのが目に見えて分かりますね。
もともとそういう気質のゼミ生が多いのですか?
そうですね。気後れしない人が多いんですが、非常に内気な人もいます。それでも自己表現しなければ集落の人にわかってもらえませんから、コミュニケーションの力は本人が知らない間に高くなります。
それは一般社会でも大事なことですね。
そう。基本的にはうちは自他共に認める「ゆるい」ゼミなのですが、僕がせっつかなくても学生たちが勝手に調査しています(笑)まわりがドンドン動きますから、奄美ではボーっとしているヒマはありません。
とてもいい気質ですね。
あと、実用性という面で言えば文章力が高くなります。現地での調査が終わったあとは、ひたすら報告書を執筆します。大リーグボール養成ギプスみたいな感じで特訓するので見違えるようになる。1文1文すべて添削しますので、原稿が赤や青の書き込みでズタボロになりますが、高度なテクニックが自然と身につきます。
本当に大変でした(笑)でも今考えるとそれがあって良かったと実感してます。
奄美大島ひとつだけでいろいろなことが学べて力もつくのですね。
ひとつのことだけなんですが、奄美を深く知ることで日本の島のことが分かる。まさに「井の中の蛙大海を知らず、されど空の深さを知る」です。小さな島から世界のことが知れるんです。
ケンムン(名越佐源太「南島雑話」所収,オリジナルは奄美市立奄美博物館所蔵)
取材時期:2018年11月