熊本史雄先生
山口県生まれ。筑波大学第二学群日本語・日本文化学類卒業、筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科日本史学専攻中退。外務省外交史料館勤務を経て、駒澤大学文学部准教授、博士(文学)。主な著書に『大戦間期の対中国文化外交―外務省記録にみる政策決定過程―』(吉川弘文館刊)、『近代日本公文書管理制度史料集―中央行政機関編―』(共編著・岩田書院刊)、『伊藤博文文書 秘書類纂 外交(1)~(14)』(責任編集・解題、ゆまに書房刊)など
木村優志さん
文学部歴史学科4年。熊本ゼミ、ゼミ長。「史料の読解だけでなく、合宿などでフィールドワークの大事さが分かり、行動力が付きました」
榎本未涼さん
文学部歴史学科4年。熊本ゼミ、ゼミ生。「このゼミは先生に惹かれて入る人が多いです。物事に対する見識が深まりますよ!」
自分で解釈する
力がつく史料との対話


熊本先生、ゼミ生の皆さん、今日はゼミについていろいろおうかがいできればと思います。まず最初に、先生のご専門を教えてください。

よろしくお願いします。私は1910〜1940年代の日本の外交史、特に日中関係、日英関係が専門領域です。ゼミでは、それも含めた近現代史を研究しています。

近代とはどういう時代だったのでしょうか?

一口に言ってもいろいろな捉え方がありますが、近代は、たとえば戦争や軍国主義的な思想など、近代以前の江戸時代にも、近代以降の現代にないものがあります。

さまざまな新しい価値観が出てきた時代。

古い価値観と対決が迫られたり、新しい価値が模索・創出されたりした時代です。その時代に生きた人たちの葛藤を探ることで、日本がどのように形成されてきたかをいろいろな角度で考えることができる時代なんです。

なるほど。では、ゼミではどういったことを行いますか?

歴史学科のゼミは3年生からなのですが、前期では史料の読み込みと文献の講読を徹底的に行います。まず指定した論文集の中から各自が取り組みたい論文(テーマ)を選びます。

それを要約してまとめるのでしょうか?

それだけではなく、その論者が参考にした史料にあたり、さらに史料を深掘りして、そこから自分で考えを導き出す「史料との対話」を徹底的に行います。

それはどういうことですか?

我々は、ついつい忘れがちなんですが、史料というものはその時代に書かれたものなので、当時の価値観や社会通念が色濃く反映されています。

たとえば軍国主義の時代は戦争が礼賛されていたり。

そう。大事なのは、今の自分たちの時代の価値観を過去に投影して「平和主義に反しているから、彼らは間違っていた」と解釈することではなく、「どうして当時の日本は戦争に邁進したのか」を考えること。

そこには必ず当時の時代状況や価値観があるので、背景をしっかり読み取って、「なぜ、当時の人々がそういう発言や行動をしたのか」を考え、理解することが「対話」なんです。

史料をただ字面だけで解釈するのではなく、時代性を加味して考える。

それが高校生には分かりづらく、よく勘違いされているんです。高校までは歴史は暗記科目だと思われているので。でも、教科書に書かれていることだって変わっていくんです。新発見とか新たな解釈によって教科書の記述が変わるのは理解されやすいと思いますが、むしろ重要なのは、“時代の価値観”と過去の「見方」が変わることで、歴史の叙述に変化が生じることです。

たとえばどういうことですか?

足利尊氏を例にとってみましょう。現代の教科書では、室町幕府開幕の祖とされ、ある種の「英雄」として登場します。しかし、戦前期の国史(日本史)の教科書だと「裏切り者」とされている。

南北朝時代に、後醍醐天皇を裏切って室町幕府を開いたとされています。

そうなんです。それと対照的に「忠君」として賞賛されたのが、楠公(楠正成)。尊氏が後醍醐天皇を裏切ったのに対して、楠正成は最後まで天皇に仕え、支えたからです。これは、戦前期の日本が天皇中心の国体観に支配されていたからこその叙述です。ところが、戦争に負けて天皇中心の国体観が否定され、替わって民主主義が高唱されると、それぞれに対する評価は、正反対になります。現代の教科書で、楠正成を「忠君」と評価する記述は、ほぼ皆無でしょう。

つまり、時代を支配した価値観や通念の変化に伴って、過去の「見方」が変わるんです。決して、過去そのものが変わった訳ではありません。

それは高校にはない、大学のゼミならではの学びですね。

そこを高校生に一番伝えたい。歴史を学ぶという行為は暗記や調べることではなく、史料を基に自分で「解釈して過去の事実に対して価値づける」こと。どういう意味があったのか、なぜそんなことが起こったのかに理由を与えていって、歴史像を自分で紡ぎ出す力を養うことが大事なんです。

そうするとより深く学べて、勉強が楽しくなりますね。
学年を超えて交流することで
得られるもの


ゼミ生はどういった方が多いですか?

男女比は6:4くらいで男子が多いですね。昔は男子が8割方だったのですが、今は「歴女」だったり、幕末や新撰組のハンサムヒーローが成立するアニメなどをきっかけに歴史を学ぶ女子が増えています。

お二人はなぜ熊本ゼミを専攻されたのですか?

まず、日本史のゼミは、古代、中世、近世、近代の4つがあって、それぞれの時代で二人の先生が担当されているのですが、私は近代の日露戦争の頃の外交史に興味があって熊本先生のゼミに入りました。

私はもともと「研究会」という学外の自主ゼミのようなサークルの幕末維新研究会に入って近世と近代の間の時代をいろいろ研究していました。3年生にあがってゼミを決めるときに、自衛隊の観閲式で演奏している自衛隊を見て、軍事と音楽という文化の融合がおもしろいと思って、それらが流入していった近代を学びたいと思って。

それぞれ目的意識がはっきりあったんですね。

うちのゼミは真面目でコツコツやる子が多いですよ。

最前線の研究に繋がっている調査というのがすごいと思います。

みんな仲も良くて、プライベートで食事に行ったりもします。

合宿や納会など3、4年生合同の企画が多いので。

それは先生が意図しているところなんでしょうか。

学生同士だからこそ伝えられることがたくさんありますから。勉強はもちろんそれ以外でも。

たとえばどういうことですか?

3年生は卒業論文を書くときの調べ方やスケジュール、就活情報などさまざまなことが教えてもらえます。一方で、4年生は1学年下の3年生と対峙するので、リーダーシップを取って引っ張っていく意識が芽生える。

相乗効果があるのですね。

なので、合宿では学年を混ぜて班編制をしています。

合宿はどういった内容ですか?

場所やスケジュールなど、基本的にゼミ生に決めてもらって毎年9月上旬に二泊三日で行きます。各地の公文書館など、近代にちなんだ施設をなるべく入れて。この他に、昨年だと神戸の異人館街や阪急電鉄の創始者である小林一三記念館。

合宿で印象に残っていることは?

小林一三について最初は知らなかったのですが、記念館が当時の邸宅をほぼそのまま保存させながら利用・活用し、公開しているところが素晴らしいと思いました。

私は今、ゼミ長という立場なのですが、4年生のゼミ幹部のしっかりした計画やとっさの判断がとても頼もしかったので、来年、自分たちが後輩を引っ張っていく自覚が芽生えました。それを学びながら楽しめたのが良かったです。
歴史の学びを通して人間力が深まる!


漠然とした質問ですが、ゼミで先生が大事にされていることは何ですか?

先ほど言った「自分で解釈する」ことにも繋がりますが、「人間とは何か、社会とは何か」という考察を深めることだと思います。

命題のような。

そう、さまざまな歴史の事象を研究して、精神的な活動の営みを探っていくと結局「人間とはなにか?」に行きつくんです。戦争の問題でも、本当はしたくないのに、どうしてあんなに奨励されていたのか。そういった近代の社会や考えを通して、どういう考えで現代に至っているのかまで考察できればいいと思っています。

そのために過去の「見方」を変えるんですね。

それは学んでいて実感します。たとえば、太平洋戦争開戦時に総理大臣だった東条英機。

英米との戦争を開戦に導き、戦後は東京裁判で絞首刑に処せられたために、一般的には戦犯としてのイメージが付きまとい、良い印象はありません。

私もそう思っていたのですが、昨年夏に読売新聞にスクープ記事が出て、真珠湾攻撃の前夜、当時の内務次官に対し、「すでに(戦争に)勝った」と、東条が上機嫌に喋っていたメモが発見されたんです。陸軍を代表するエリートでありながら、現状をシビアに査定せず楽観的に考えていた面が知れて、そこにある種の人間味を感じました。

それは興味深い話ですね!

そういう風に歴史を多角的に見ることは、現代社会の生活においても、事実関係を把握して物事を客観的に考える力に繋がるんです。そして、社会とどう向き合うかを考え、さまざまな壁を乗り越えて自分を深めていく。ゼミはそういう場であって欲しいですね。

歴史から人間活動のさまざまなことが学べるのですね。木村さんはゼミの良さってどういうところにあると思いますか?

同じ興味を持っている人が、同じ方向を向いて語り合える関係がとても豊かだと思います。単なる仲良しこよしの友だちではなく、適度な距離感があり、大人として1つの問題に対して意見を言い合いながら理解を深めていける場は、ゼミならではですね。
取材時期:2018年11月