先輩たちのその先のステージ

KOMAZAWA Next Stage

ボクシングから落語へ、
「自分の限界を、自分で決めない」
という意思。

三遊亭 金の助 さん
2010年3月卒業
文学部 地理学科 地域環境研究専攻 
→ 落語家

母親の一言がきっかけで落語家を志す

大学卒業後はサービス業を経て、地元の岡山県で運送業をやっていました。ある日、毎日が単調だという話をしたところ母に「あんたは昔からよく喋るから落語とか合うと思ったけどね」と言われ、動画サイトで寄席の動画を見たのが落語との出逢いでした。落語ってこんなに面白かったんだと思い、地元で開催される寄席に足を運ぶうちに自分も落語をやってみたいと思いました。誰の弟子になろうかと難しい顔をしながら東京の寄席巡りをする中で、最初の師匠である三遊亭 金遊(きんゆう)の高座を観て、暗い出囃子でトボトボ出て来て無愛想に話し始める姿が、こんな落語家もいるんだと印象深く、演目も「心眼」という私が好きなネタだったので、それまでに観た落語家の中で一番引き込まれました。「あんなに淡々とボソボソ喋っているのに、これが話芸か!」と思い、弟子入りを志願しました。弟子入りまでも紆余曲折あり、落語芸術協会の金遊師匠宛てに手紙を書き、弟子は取らない主義と断られながらも気にかけていただき、師匠が出る寄席に通っているうちに「何か覚えてる話があるなら録音して送れ、聞いてみて少しでも可能性がありそうだったらしょうがねえから弟子にしてやる」ということで、なんとか金遊師匠の初めての弟子となりました。その後1年位で「一人も二人も同じだ」と新弟子をとりましたが…
2019年に金遊が亡くなり、今は金遊師匠の弟弟子・三遊亭 笑遊(しょうゆう)門下に私と弟弟子は移籍しました。

「あるものを活かし長所を伸ばす」教え

私がボクシング部に入部した当時は、まだ関東学生ボクシングリーグの2部リーグでした。2年生でリーグ戦のメンバーに選ばれたある日、当時のコーチにそれまでのライト級からウェルター級に階級を上げるよう指示され増量したところ、なかなか勝てなかった試合で次第に勝ち始めるようになりました。パワーもあってスピードも早いライト級の中では、身長は高いがスピードがない私でしたが、階級が上がって体重という重りをつけた選手の中では私の遅さも際立たなくなり、相手のパンチにも反応できるようになって「凌いで凌いで勝つ」という私のボクシングが成立するようになりました。「自分の性格と体格に合ったボクシングをする」という駒大ボクシング部の教えのもと、弱点を補うためにディフェンス・スタミナ・フォームの練習を行い、腕の長さを活かすという自分の長所を伸ばしました。
リーグ戦は7階級制で、私以外は4年生でした。ウェルター級は最終戦でしたので、私の試合までには勝敗がつくだろうと思っていたらまさかの3対3で回って来ました。「お前に勝敗を託さないといけないようにした4年生が悪いんだから、のびのびやればいいんだ」と当時のコーチにアドバイスをいただき、思いきってやったら、なんと本当に勝てたんです。その時は優勝の立役者と言われ、有頂天になって次の日大学に行ったら誰にも知られていなくて、昨日のことは夢だったのかと思いました。
全てをボクシングに費やし、打ち込んだ一つの結果として、駒大の優勝に貢献でき、良かったなと今でも思います。
その後1部リーグに昇格し、1年目は最下位でしたが2年目で準優勝という結果を収める事ができました。個人では、2009年に新潟国体ボクシング競技成年ウェルター級で3位になりました。

ボクシングと落語の意外な共通点

ボクシングはリングの中で拳のみで戦い、落語は着物を着て座布団に座り、手には扇子と手拭いだけでお客さんを笑わせます。シンプルだからこその奥深さ、形式の範囲内で自分の世界を作るというのが2つに通ずるところであり、面白いところだと思います。ボクシングで身に付いた、最初から全力で向かうという精神は、伝承される芸である落語でも大切なことですし、大舞台のリングで戦った時に比べたら、厳しい落語の修行も、高座に上がる緊張も、ある程度は乗り越えられます。
これまでずっと古典落語をやっていましたが、近年はボクシング・ミニ四駆・カードゲームという自分の趣味をテーマにした新作落語を作り、独演会などで披露しています。万人受けするものではないですが、私は古典落語を誰よりも面白く喋れるというようなタイプではないので、できる事・好きな事を伸ばす方向で楽しんでもらえるよう、常に留まらないように考えています。
ボクシングをやっていた時は、3位入賞を目指し、それに捕われ過ぎて自分の実力はこのくらいだろうと早い段階で諦めてしまっていました。具体的な目標を立てる事も正しい道の一つではありますが、今になって自分の可能性に制限をかけなければどうなっていたのだろうかと思うようにもなりました。新作落語を作った時も、「なんか変な事やってるな」と言う人もいましたが、喜んでくれる人もいました。新しい事を始める時には、反対意見や悪く言う人はどうしても出て来ます。そんな時は、逆に私の事を思って言ってくれている、貴重な時間を使って私の事を考えてくれているんだと思うようにして気にせず、自分の可能性に早々に見切りをつけず、やってみて合わないなと思ったらやめれば良い。これはボクシングも落語も、他のことでも同じだと思います。

お客さんが情景を頭の中に立体的に想像できるような落語をしたいです。寄席から帰る時に「こういうバカバカしい世界もあるんだね」と少しでも明るい気持ちになってもらえるような、落語家になりたいと思っています。 (撮影協力/浅草演芸ホール)

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