恋はいつのまにか始まります
『古今集』には恋の歌がたくさん収められていますが、その最初に出てくる和歌が、「ほととぎす 鳴くや五月(さつき)の菖蒲草(あやめぐさ)あやめも知らぬ恋もするかな」です。「あや」は模様、「め」は筋ですが、そこから「あやめ」で、物事の道理やすじみちを言います。ここでは「あやめも知らぬ恋」と言っていますから、もう訳の分からないような恋をしてるんだ! と歌っています。恋をしている喜びにあふれた歌ですね。
陰暦の五月は夏です。恋は春にめばえ、夏に盛りを迎えると平安時代の人びとは感じていました。ホトトギスが鳴き、菖蒲が咲き乱れる夏に高まる恋は、「あやめも知らぬ」もの、理屈や道理などない、だから恋なのだと言っているようです。「恋煩い」はつらいものですね。それは気がついたら、もう恋をしてしまっているからです。理性で抑えたり、調節することができないから苦しいのですが、それこそが恋の喜びでもありますね。
「山桜 霞のまよりほのかにも 見てし人こそ恋しかりけれ」という和歌もあります。霞の向こうに、ほのかに見えた桜のような人に恋をしたようです。これは春の歌ですから、恋の始まりの歌です。「ほのかに」見ただけで、恋に落ちる。恋はいつのまにか始まります。
文学部: 松井 健児(国文学科、中古文学)