国文学科で近代日本の“自我”を考える
私がここで言う“自我”とは、「自分が社会においてどうありたいか」、「自分はどのように生きるのか」という意識です。このテーマを近代日本文学の視点で研究したいと考えています。その理由は、このような“自我”が、日本においては日露戦争(1904-05年)以降に特に高まってきたからです。
国民の多くは、それまで「国家主義」という考え方に従って生活していました。国家が繁栄すれば、それに伴って国民も幸福になると信じてきたのです。しかし、日露戦争に勝利しても賠償金は得られず、国民の生活は楽になりませんでした。国家の繁栄(戦勝)と個人の幸福は一致しないと分かったのです。同時に、この頃「個人主義」、「社会主義」という思想が海外から日本にもたらされました。これらをきっかけに、国民のなかに“自我”が徐々に芽生え始めます。「自分はどのように生きれば、幸福になれるのか」という問いと向かい始めたと言っていいでしょう。それは、「苦しみ」、「悩み」の始まりでもありました。
夏目漱石は、こうした問いを文学の立場から最も先鋭的に追及した作家のひとりです。漱石をはじめとした作家たちの作品を通して、当時の日本人の悩みに向かい合いたいと考えています。
文学部: 熊本 史雄(日本近現代史)